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HOME 読み物一覧 冊子「青いスピン」 作品募集 リンク お問い合わせ HOME 読み物一覧 オーロラを待って 第4号 2024年,4月号 2024/04/12 オーロラを待って 伊い与よ原はら新しん 物語 「だから、何の絵だっつってんだよ。」 図工室のテーブルで、僕ぼくの向かいに座すわるコウキが隣となりのハル君をこづいた。コウキがさっきから何度も聞いているのに、ハル君が何も答えないせいだ。 ハル君は眼め鏡がねに手をやっただけで、相変わらず眉まゆひとつ動かさない。僕も筆を持つ手を止めて、彼かれの絵をのぞき込こむ。 ハル君が何を描かいているのかは、前回の図工の時間からずっと気になっていた。ひたすら黒い絵の具で画用紙を塗ぬりつぶしていたからだ。今日は紙の真ん中あたりに、赤に黒を少し混まぜたような色の横線が短く描かき加えられている。その正体はやはり見当もつかない。「宇う宙ちゅうとか?」「んなわけないじゃん。」 同じテーブルの女子二人が口々に言う。そう、そんなわけはない。先生に言われた絵のテーマは、「いつかまた見たいもの・いつかまた行きたい場所」だ。「これは――」ハル君が無む表ひょう情じょうのまま、ようやく口を開いた。「オーロラ。」「オーロラ? 見たことあんの?」「どこで? カナダ? ノルウェー?」 目を丸くして矢や継つぎ早ばやに質しつ問もんを浴あびせる女子たちの横で、僕はもう一度ハル君の画用紙に目を凝こらした。この赤黒い横線が、オーロラだというのだろうか。とてもそうは見えない。オーロラというのは緑色に輝かがやいていて、カーテンのように波打っているはずだ。 どこの国で見たのかとしつこく聞かれ、ハル君は小さくかぶりを振ふった。「これは――八はち王おう子じ。」「は?」コウキが露ろ骨こつに顔をしかめる。「おまえ何言ってんの?」 確たしかに。都心からずいぶん離はなれているとはいえ、ここ八王子市はれっきとした東京都の一部だ。北海道でオーロラが観かん測そくされたという話は以前聞いたことがあるけれど、東京でオーロラなんて見えるはずがない。女子二人の口調もとたんに冷たくなる。「いつ見たの? それが本当なら大ニュースになったはずだけど。」「どうせ夕焼けか何かと見間ま違ちがえただけでしょ。」 コウキがさっきより強くハル君の肩かたを押おした。「やっとしゃべったと思ったら、つまんねえうそかよ。マジ訳わけ分かんねえな、おまえ。」 コウキに何度もこづかれて、ハル君の眼鏡がずり落ちる。それでも彼は唇くちびるをきつく結んだまま、目の前の奇き妙みょうな絵を見つめている。 ハル君には、優やさしくしてあげなきゃだめよ――。 母さんの言葉が頭をよぎった。コウキを止めたほうがいいだろうか。でも、ハル君が訳の分からないやつだということには、僕も同感だ。おまけにうそまでついたのだから、同情する気にはなれない。 どうしようか迷まよっているうちに、先生が近づいてきてコウキをひとにらみした。コウキはそしらぬ顔で自分の画用紙に向き直る。ハル君も何事もなかったかのように眼鏡をかけ直し、また筆を動かし始めた。 ハル君が江こう東とう区くの小学校から転校してきたのは、今年の四月だ。それから半年がたつというのに、クラスには一人の友達もいない。休み時間はいつも自分の席で本を読んでいて、授じゅ業ぎょうなどで好きなようにグループを作れと言われたら、最後までぽつんと教室の隅すみに立っている。 でもそれは、僕たちのせいじゃない。一学期の間あいだはみんながハル君を気づかって、あれやこれやと話しかけた。もちろん僕もだ。なのに彼はこちらと目も合わさず、何を聞いても黙だまり込んだままか、せいぜい「うん。」か「まあ。」としか答えないのだ。そんな転校生の相手をいつまでも続けるほど、僕たちだって暇ひまじゃない。 ハル君は、僕の家のすぐ近くの古い一戸建てに、父方のおじいさん、おばあさんと三人で住んでいる。家庭の事情――たぶん何か複ふく雑ざつな大人の事情――で両親と離れて暮くらすことになり、一人八王子に引っ越こしてきたらしい。これは、彼のおばあさんと以前から親しくしている母さんから聞いたことだ。 どんな事情かまでは教えてくれなかったけれど、母さんはハル君について「かわいそうな子なのよ。」と繰くり返し、僕には怖こわい顔で「クラスで言いふらしちゃだめよ。」と念を押していた。  夜八時過すぎ、中学生の兄ちゃんといっしょにラッキーの散歩に出た。ラッキーはうちで飼かっている柴しば犬いぬだ。 リードを握にぎる兄ちゃんの後についていつものコースを行き、小高い丘おかへと続く坂道に入る。丘の上は公園になっていて、八王子の街がよく見わたせる。 階かい段だんを上って藤ふじ棚だなのある広場に着くと、すぐ左手のフェンスの際きわに大小二つの人ひと影かげがある。ハル君と彼のおじいさんだった。おじいさんがこちらに首を回し、「やあ、こんばんは。」と声をかけてくる。おじいさんとは僕も顔見知りで、道ですれ違えば挨あい拶さつぐらいはする。「ワンちゃんの散歩かい?」おじいさんが目を細める。「はい。」と答えながら僕はそちらに近づき、二人の間あいだに立っている背せの高い三さん脚きゃくに目を留とめた。てっぺんにりっぱなカメラが取り付けてある。レンズはフェンスの上から、北の方角を狙ねらっていた。住宅街の明かりが広がっているだけの、どうってことない景色だ。「それ、夜景撮とってるんですか?」僕はおじいさんに聞いてみた。「夜景は夜景だけどね。」おじいさんは言った。「カメラの露光時間をうんと長くしたら、うっすらとでもオーロラが写らないかと思ってね。」「オーロラ?」今日の図工の時間のことを思い出し、ハル君の方を見やる。ハル君はこちらに目もくれず、じっと正面の低い空を見つめている。「まあ、可か能のう性せいはほとんどないと思うけど。」おじいさんが苦笑いを浮うかべた。「二日ほど前に、太陽の表面で大きな爆ばく発はつがあってね。その爆風が地球まで届とどいて、今夜は大きな磁じ気き嵐あらしになっているらしいんだよ。」 方位磁じ針しんが北を指すのは、地球が大きな磁石になっているからだ。そんな話は理科の授業で聞いた記き憶おくがある。おじいさんによれば、地球の磁気が乱れるのが磁気嵐という現げん象しょうで、活発なオーロラを引き起こすのだという。磁気嵐やオーロラの発生に関して予よ報ほうを出している、研究機関などのサイトがあるそうだ。おじいさんは続けた。「今回の磁気嵐はかなり規き模ぼが大きいんだ。北海道でもオーロラが見られるんじゃないかってことで、今あっちには研究者や写真家が大おお勢ぜい集まってるようだね。」「でも、だからって、東京でオーロラなんて......。」「ありえないことじゃない。」ハル君がいきなり言った。「現におじいちゃんは見た。ここで。」「マジで? いつ?」 そのとき、藤棚のほうで兄ちゃんが僕を呼よんだ。ラッキーもせかすようにほえている。がぜんハル君の話に興きょう味みが出てきた僕は、先に行ってくれるよう頼たのんだ。おじいさんも横から、「後でお宅たくまで送り届けますから。」と言ってくれた。 おじいさんは上着のポケットからスマホを取り出し、一枚まいの写真を見せてくれた。オーロラが写っているのかと思ったら、色あせた古い絵を撮ったものだ。黒く塗った山影のすぐ上に、赤く短い横線が描えがかれている。「昭和三十三年――一九五八年だから、もう六十年以上前のことだけどね。私わたしは君らと同じ五年生だった。忘わすれもしない、二月十一日の夜八時過ぎ。おふくろにお使いを頼まれた帰り道、何気なく北の空を見ると、山の際の空がぼんやり赤いんだ。山火事かなと思って、この丘に上って眺ながめていたんだが、どうも様子が違う。その翌よく朝あさ、新聞を見て驚おどろいたよ。」 その夜、北海道はおろか、秋田、新潟、長野、群馬など、日本の北半分の広い範はん囲いでオーロラが観測され、大ニュースになったのだという。それを知ったおじいさんが記憶を頼りにすぐ描かいたのが、この写真の絵だそうだ。「オーロラを見たと小学校で言っても、誰だれも信じてくれなかった。」おじいさんは眉まゆ尻じりを下げた。「人にその話をすることもなくなっていたんだけれども、十年ほど前、市の科学館でオーロラ研究者の講こう演えん会があると聞いて、参加してみたんだよ。講演会のあと、思い切ってその先生にこの絵を見せたら、なぜか大おお喜よろこびしてね。」 その研究者は一九五八年二月十一日のオーロラについても研究していて、詳くわしい計算の結果、オーロラのいちばん高い部分がぎりぎり八王子からも見えたことを突つき止めていたという。八王子での目もく撃げき証しょう言げんは当時ほかにも二件けんほどあったそうだ。「研究資し料りょうにしたいとその先生が言うんで、絵のコピーを送ってやったりもして。うれしかったねえ。あれが本当にオーロラだったってことが、五十年越ごしにはっきりして。」「すげえ......。」 僕は心の底からそう言って、もう一度おじいさんのスマホの画面を見つめた。そういえば、ハル君の絵とよく似にている。つまりハル君は、おじいさんが昔見たオーロラをいつかまた自分も見たいと考えて、あんな絵を描かいたわけか。うそをついていたわけではないのだ。「今夜がだめでも、まだ可能性はある。」ハル君が眼鏡に手をやって、きっぱりと言った。 どういうことかとたずねると、学校での彼からは想そう像ぞうもできないような早口でいくつか教えてくれた。 太陽の活動はおよそ十一年の周期で強まったり弱まったりしていて、活動のピークにあたっている今年は大きな磁気嵐が起きやすいということ。オーロラは下側が緑色に、上側が赤色に光るので、カナダや北ほく欧おうに比べて緯い度どの低い日本から見えるのは、上の端はしに近い赤い部分だけだということ。明治時代には一度、四国や中国地方でも赤いオーロラが見られたこと、などだ。「ハルは将しょう来らい、科学者になりたいそうでね。」おじいさんが優しい声で言う。「八王子に越してきたら私とオーロラ観測ができるから、よかったと。以前この子が住んでいたところは、ビルばっかりで空が開ひらけてないからね。」 また北の空に目を向けたハル君の横顔を見つめながら、家に帰ったら母さんに伝えようと僕は思った。ハル君はかわいそうな子なんかじゃない、と。「磁気嵐ってのがまた起きて、ここでオーロラを待つときはさ。」僕はハル君に言った。「僕も誘さそってくんない?」 ハル君は前を向いたまま、小さく、でもはっきりとうなずいた。   参考文ぶん献けん「日本に現あらわれたオーロラの謎なぞ 時空を超こえて読み解とく「赤せっ気き」の記き録ろく」片かた岡おか龍りゅう峰ほう・著ちょ 化学同人(二〇二〇) 伊い与よ原はら新しん 作家。著書に「宙そらわたる教室」「八月の銀の雪」「青ノ果テ」などがある。 読み物一覧へ戻る 関連作品 2023/05/31 キツネとウサギと虹 まはら三み桃と 物語 2023/04/03 机のガタガタ 中なか田た永えい一いち 物語 2023/06/22 R・Y・O 佐さ藤とういつ子こ 物語 カテゴリー 物語 (14) エッセー (14) 科学エッセー (4) 随筆 (5) イラストエッセー (5) ノンフィクション (4) コラム (9) お知らせ (3) 入選 (3)佳作 (2) 掲けい載さい号 第4号 2024年,4月号 第3号 2023年,9月号 第2号 2023年,4月号 創刊号 2022,9月号 創刊準備号 2022,4月号 人気の作品ランキング HOME 読み物一覧 冊子「青いスピン」 作品募集 リンク お問い合わせ プライバシーポリシー 本サイトに掲載している文章・イラスト・記事画像の無断転載を禁じます。 Copyright © 2022 by TOKYO SHOSEKI CO., LTD. All rights reserved.

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